YosibeiのB席

世の中には著名団体の来日公演でS席しか行かない、という方もいるでしょう。でもワタシは、今日も当たりを求めてごく普通の定期に向かいます。なお、コメント/トラックバックを可能にしました。

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デュリュフレのレクイエム




所謂有名どころの
モーツァルトやヴェルディといったところはぜんぜん聴かないくせに、
ブラームスやフォーレから始まって、レクイエムは
ブリテンの「戦争レクイエム」やこの曲を偏愛してます。
こういう、田舎では一生ナマで聴けなさそうな曲が
簡単に聴けるのが、東京に住んでる有り難みというもの。

24日の会場は初台のオペラシティコンサートホール。
このホールは低音が回ってくるのが好きで、
昨夏の東フィル「惑星」以来。
今日は堀俊輔指揮の東響。
いつも聴いてる東響が、このホールでどんな音を出すのかも楽しみ。

デュリュフレの前に、
尾高惇忠「オルガンとオーケストラのための幻想曲」
は予想通りの無調作品。
長いティンパニ・ソロがあったりで30分もの大曲。
演奏後、作曲者も舞台に呼び出されて拍手を受けてました。
が、やはり個人的には無調作品とは相性悪く…(以下略)。

休憩後にデュリュフレ。
実はこの曲、
編成を刈り込んだ1961年版で聴き覚えてしまったので、
普通の版だとうるさく感じてしまいます。
ま、編成が大きい分、壮大さも目立つし、
作曲者の自作自演盤(エラート)もこの傾向ですがね。
当夜は「イントロイートゥス」から「キリエ」にかけ、
敬虔さに満ちた空気感に満足。
「ドミネ」の最初の低弦の微小な乱れは
個人的にはちょいと残念。
しかし、こんなところを必死で聴いてるのは私くらいのもんでしょう(笑)。
メゾの加納悦子、バリトンの三原剛の両名とも立派な歌唱。
東響コーラスもいつものアンサンブルで、
NHK東京児童合唱団、オルガンの鈴木雅明とも熱演。
ま、有難い一夜でした。

終演後、新宿三丁目で軽く奮発してメシ。美味かったぁ。
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  1. 2006/10/25(水) 23:50:00|
  2. 音楽
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スリリングなモーツァルト





芸劇でのオルガン以来、
ちょっとコンサートの間が空いていることに気づき、
ワタシがモーツァルトのPコンのうち最も偏愛する
K.271とK.488が演奏されるということで、
《モーツァルト/ピアノ協奏曲の夕べ》を文化会館の小ホールで。
全く名も知らぬ演奏者でもあり、
穏やかなモーツァルトの調べにたゆたってくればいいか、
という軽い気持ち。

しかしある意味、手に汗握るスリリングなコンサートだった。

まず、指揮者なしの4-4-2-2-1のアンサンブルで、
K.136のディヴェルティメント。
これが遅く重い音楽で、丁寧に弾こうというのはわかるものの、
ぜんぜん「喜遊」しないもの。
ま、しかし、アマチュアではないようで、
きちんと弾こうという姿勢は分かる。
こういうアプローチが今でもあるのか、
と小驚愕のうちに演奏終了。

ピアニストが登場して、K.271「ジュノーム」。
この曲は故リリー・クラウスのディスクで親しみ、
骨の髄までワタシの中に沁み込んでいる音楽。
開始楽章の最初でまたまたビックリ。
クナッパーツブッシュがいたずらしてるような、
通常のテンポの倍くらいの遅さ。
ここまでくると、華やかさとか無縁の異形の音楽が出来上がる。
しかも当夜の老女流ピアニスト、今の標準から言って
「超絶技巧」なんか全く要求しないモーツァルトの協奏曲で
ミスタッチ連発。
あまりに身に沁み込んでいる音楽をミスタッチで破壊されると、
哀しくなるのが人情というものか。
1楽章の最後は、ピアニストがパッセージを弾き飛ばし、
オケと合わなくなってうやむやな和音のうちに終了という、
演奏事故を拝見させていただきました。

1楽章の遅さから、
緩徐楽章はさらにテンポを落として謡い込まれるのかと思いきや、
意外な中庸テンポ。
間に「命を賭けた遊び」でもあるかと思ったものの、
サラサラと弾かれ肩透かし。
終楽章はまた鈍重テンポに戻って、ミスタッチ復活。
ここまでくると
「あのパッセージを巧くやり過ごしてくれ!」と
祈るような気持ちになるから不思議。
「ジュノーム」の最終音とともにドッカリと疲れた。

休憩後のK.488はよほどパスして帰ろうかと思ったものの、
踏みとどまって着席。
1楽章からまた「ジュノーム」程ではないにせよ、遅めのテンポ。
ミスタッチは幾分減ったものの、
パッセージの聴かせ所をどこに置いているのかわからない音楽。
緩徐楽章はまたも意外な中庸テンポ。
謡わせない、かといって鋭さもない音楽。
終楽章はまた、
早いパッセージの冒険をひとつひとつクリアするといった感じ。

残念ながら、とても
「モーツァルトの調べに身を浸す」どころの騒ぎではなく、
手に汗握るコンサートになってしまいました。
といって、「4千円返せ!」という気にはならないのも不思議。
老教授が、いまの精一杯の力を出してこうだった、
それは受け入れようという気になったからではあります。

帰りの一蘭のラーメンは、相変わらず美味でした。
  1. 2006/10/22(日) 22:50:00|
  2. 音楽
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治ったかな?

水曜夕から風邪っぽい感じで臥せってました。
でも、いつもの風邪とちょっと違って
扁桃腺はそれほど腫れず、猛烈にだるいということもなく
寝ても汗は出ず、何となく動けないという感じでした。
昨日あたりからは、「これって花粉の症状?」
と風邪かどうかも疑う状態でした。

ま、とりあえず治ったかな。ふぅ。
  1. 2006/10/21(土) 10:45:00|
  2. くらし
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Because I love you (The postman song)

普段はクラシックしかほとんど聴かないのですが
ときおりハマる洋楽やJ-POPもあって
ウォークマンにはそれなりの曲数が入っています。

スティーヴィーBの "Because I love you"は
流行っていた頃に気に入って、
その後中古CDでアルバムを買いました。
さっきふと聴いて、
この曲を好んで聴いていた頃の冬の張り詰めた空気感を思い出し
いろんな思いが迸り、眠れなくなってしまいました。

もはや何が起きていたのか思い出せないくらいですが、
この曲が流行ってたころ、辛いことがそれは次から次へと起きました。
当時は
自分しか引き受ける者がいないという使命感だけで
あらゆることを当たり前のことと受け入れ
ただ毎日ひとつひとつの乗り越えるべき障害を
懸命にこなしていたような気がします。
今となっては、
よくあんなことを毎日やっていたなぁ
と感心してしまいますが。

Because I love youという歌を聴くと
冬の冷たい空気感の中、
唇を噛み締め懸命に生きていた若い頃の自分の矜持や
それゆえの哀しみが肌にひたと迫ってくるのです。

当時に比べると、(元々ダメだったのに)
いまやダルダルのダメ中年になってしまい
「矜持」などという言葉を書くことさえ躊躇われる始末ですが
でも、あの頃よりは幸せだと思います。
今、外見的にはあまりいい状態ではないのですが
何ら根拠はないものの、どこか感じる薄ら明るい未来。
もともと、決断には時間をかけるほうでした。
再上京してからは、思わぬ時の流れ方をした部分もありますが
この黎明期も必要なときだ
とこの曲を聴きながら再認識できたような気がします。

でも、四十男の書くことじゃないですね。
見てくれた方、お目汚しすいません。
  1. 2006/10/11(水) 03:13:00|
  2. 考え事
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選挙

強風ではあるものの爽快な秋晴れとなった日曜日
わが区では区長選+区議補選が行われています。
お犬に朝叩き起こされ投票してきましたが
区外から越してきてまだ9ヶ月、
選挙に行くのに選挙公報持参で行ったのは初めてです。
この区の政治風土なんかぜんぜんわからないし…。

たぶん前助役が区長になるのでしょうが、
こういう盛り上がらない雰囲気だと、さぞや低投票率なんでしょうねぇ。
そんなことを思いつつ、別件でちょっと不快な秋の夕暮れ。
  1. 2006/10/08(日) 17:12:00|
  2. くらし
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