YosibeiのB席

世の中には著名団体の来日公演でS席しか行かない、という方もいるでしょう。でもワタシは、今日も当たりを求めてごく普通の定期に向かいます。なお、コメント/トラックバックを可能にしました。

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みちよしの艶姿-タコ10

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才人井上道義とショスタコといえば、07年の全曲プロジェクトが印象に残る。
当時はショスタコに興味無かったんで、行かなかったけれど。
この日正直「椿姫」は眼中になく、タコ10だけ聴きに行った。

【東京音楽大学シンフォニーオーケストラ定期演奏会】
11月25日(木)19:00 東京芸術劇場 
指揮―井上道義 小川里美S 井之上了吏T
●ヴェルディ…歌劇《椿姫》より
●ショスタコーヴィチ…交響曲第10番
2F9

何だかんだで預り券売場に着いたのが開演時刻。
完全に前半は諦めたが、席に着くと同時に学生たちが入場。
「椿姫」が終わって休憩に入ったとき、一番印象に残ったのは井上の艶姿。
やはりヴェルディは苦手^^;。

極めて静謐に開始されたタコ10は、
井上の美意識を感じさせるリリシズムに溢れた演奏。
fffも荒々しさを感じない、よく整えられた音。
YouTubeで見るテミルカーノフ=ヴェルビエ祝祭管が印象的な
http://www.youtube.com/watch?v=TcZXV3BTHoU
自分にとってはハイライトの2楽章も、慌てず騒がず造型を保って。
特に3楽章が、シベリウスのような抒情をたたえ印象に残った。
というか日本人の場合、指揮者も演奏者も真に強靭で激烈な音は出せず
そのような方向性しか作れないのかもしれない。
オケではclやfgをはじめ木管奏者たちの水準が高く、好感が持てた。

それなりにいい演奏で満足したが、アンコール有り。
タコ10後に何と場違いにも「プリンク・プランク・プランク」!
何でこんな曲をここで演る?と思わせておいて、
拍手が鳴りやむと「祝典序曲」のpizz部分へ。芸が細かい!
http://www.youtube.com/watch?v=1gDZTah8J2A
こういう企画力では国内で、やはり井上道義の右に出る人はいまい。
しかしいつも若々しいこの人も、もうすぐ65歳。
テンポが遅くなって、所謂「巨匠芸」になってもおかしくはない年齢。
でも個人的予想としては、20年経っても
スクロヴァ的ヘンタイ演奏をやりそうな気がする。
どうなることやら。
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  1. 2010/11/25(木) 23:55:00|
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老犬とオルガン

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夏以降肝臓が弱り衰えの目立つ拙宅の老犬好兵衛は
11月5日、何とか15歳の誕生日を迎えた。
が、最近は低血糖を起こすようになり、立っていてもよろけたり
じっとしていられず部屋の中をぐるぐる周り続けたりで
飼主の自分も気が抜けない日々。
23日も午前3時過ぎに具合がおかしくなり、慌てて砂糖水をやったり。

【松居直美パイプオルガン・リサイタル】 
11月23日(火)15:00ミューザ川崎シンフォニーH
鈴木美紀子S 

●ヒンデミット…オルガン・ソナタ第1番
●J.S.バッハ…《クラヴィーア練習曲集第3巻》より/パッサカリアハ短調
●ダンドリュー…第4旋法のマニフィカト
●フランク…交響的大曲

そんな中、犬ばかり気にしていて良くなるワケでもないので川崎へ。
オルガンには大バッハ、ブクステフーデからメシアンに至るまで
連綿とつながる巨大なレパートリーがあるけれど、自分は
・フランク…コラール第1番・交響的大曲
・リスト…アド・ノス・アド・サルタレム・ウンダムによる幻想曲とフーガ
の3曲を偏愛していて、これがプログラムにあれば足を運ぼうと思う。
逆に言うと、これ以外は全くのザル^^;。

「オルガン付」などではよくお声がかかる、人気奏者松居直美。
フランクでは以前、邦人奏者の作曲まみれなひどい演奏を聞いたことがあり
実演では完璧な演奏は望めないかと期待値低めで出かけたのは事実。
上記の3曲に次いで惹かれるヒンデミットの1番は、初めて実演を聴いた。
早めテンポでアッサリ。これはこれでいい。
しかし、その後のバッハで爆睡^^;。だって寝てないんだもの。
おまけにオルガンの演奏会って、何であんなに真っ暗?
あれじゃ寝てくれってなもんだ(^^)。

後半に入ってもうつらうつら^^;。
目が覚めたお目当てのフランクは、教会よりは少ない残響を意識し
早めのテンポで変なコトは一切せず、確かな技術を基に
ストップ選択も全く違和感のない至極真っ当な演奏。
第二部で音量を抑え、第三部を際立たせた。ブラヴォー。
しかし終演後は余韻どころではなく、お犬を気にしつつさっさと帰宅。
  1. 2010/11/23(火) 23:50:00|
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西洋伝統芸能受容の異形

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朝、新日本フィルのソロ・コンサートマスター、崔文洙のツイート

全くクラシック音楽の興味が無い人達に、なんて言えば日本におけるクラシック音楽の重要性を理解してもらえるのだろうか。文化省予算カットにしても政治家、役人とも理解しているとは到底思えない。
2010年11月15日21:18:00

を見て、クラシックの聴衆の一人として概ね同感しながらも
どこか一抹の違和感を拭えなかったのだが。
そんな夜縁あって、浅草公会堂で上演される「浅草おかみ繁盛記」へ。

【浅草・おかみ繁盛記】
東てる美、布川敏和、仲本工事、大森うたえもん、外能久 他
歌:MAHARI GIRL'S 高瀬一郎ほか
演出:佐藤健光 脚本:蒲田幸成
1F-た3

ロビーで今半の弁当はじめ物売りがあるは、
AKBの出来損ないみたいな(失礼)オープニングアクトはあるは、
演歌歌手の歌が入るはで、開演18時でも本編が始まったのは40分。
内容はベタと言うか何と言うか(^_^)v。
でも、日本人のおっさんの一人として、何も考えず楽しめる。
上演中もモノは食うわ人の出入りはあるはで、
絶対にクラシックのコンサートではあり得ない。
でも、劇がクライマックスになればちゃんと静寂が来るし、集中もある。

自分は趣味で年がら年中、いろんな演奏会に通っているわけだが、
普段自分がメインフィールドにしている
クラシックのコンサートとはいったい何なのか?
その異形っぷりを再認識させられた。
そもそもヨーロッパの伝統芸能たるクラシックだって
日本ではたかだか歌舞音曲の一ジャンルに過ぎない。
聞く方も演る方も、あまりに「芸術」になり過ぎてはいないか。
都響定期の「指揮者の手が下りるまで拍手するな」というアナウンスには
どうしても違和感があるけれど
フライングブラヴォーに目くじら立てるとか、アホらしくなってくる。
普通のババア(^_^)vが楽しめるようになっているか、
それだけアウトリーチしているか、クラシック界は。
でなければ、予算が必要だとは思ってもらえないのだ。
ま、そんなことを考えた異文化体験の一夜だった。
  1. 2010/11/17(水) 23:55:00|
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全然春っぽくない…て言われても。

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6日からの8日間に4公演目の日曜日。
これだけ足を運んでも、東京という街ではめぼしいものを聴ききれない。
「都合がつけば」というのが4つも重なり、いっそ全部諦めるかとも思ったが
友人が賛助出演するとのことで、2週続けてすみだへ。

【ル スコアール管弦楽団第29回演奏会】
11月14日(日)14:00 すみだトリフォニーH
●ベルリオーズ…序曲「ローマの謝肉祭」
●ベートーヴェン…交響曲第5番「運命」
●ストラヴィンスキー…「春の祭典」
指揮-田部井剛
3RB31

このアマオケ、08年12月からほぼ半年ごと、定期を全部聴いている。
先週の新日よりやや前方のバルコン席に座ってみた。
「運命」は力演でブラヴォーが出ていたけれど、
一方でピリオドアプローチというものが厳に存在するのに
このような轟音まみれの「運命」を若い指揮者が演っていていいのか?
という疑問が拭いきれない。
「春の祭典」の方が音響的には轟音を浴び続けるのだけれど、
よほど整理された音楽になっていた。
Fg・Hr・Tbを筆頭に、ルスコらしい切れ味で「運命」の3倍は愉しめた。

クラシックに全く興味を示さない同行者に終演後
「あれのどこが『春の祭典』なの?全然春っぽくないし」
と言われ、何も言えなくなってしまった^^;。
穏やかに春の訪れを喜ぶような音楽を想像していたらしく、
文化的大事件だった初演時の大騒動や
音楽史的意義を説明しようと試みるも「意味分かんない」の一言で撃沈。
こりゃまた失礼しましたm(__)m。
  1. 2010/11/14(日) 23:30:00|
  2. 音楽
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これまでよりも一次元上

jpo2010.jpg

何回か書いているように、指揮者高関健のツイートは
極めて誠実に作品に向き合う彼の演奏への過程をつまびらかにしてくれる。
結果としての演奏に好き嫌いはあるけれど、
少なくとも彼の音楽に対する姿勢には敬意を持つようになった。
マーラー9番とブルックナー8番こそ、
彼が指揮者を目指した契機となった曲だそうだ。
でも、彼がどんな音楽で訴えかけてくれるかが一番大事。

【日本フィルハーモニー交響楽団第625回定期演奏会】
11月12日(金)19:00サントリーH
指揮―高関健
●ブルックナー…交響曲第8番(ハース版)
1F21-18

隣席男性が演奏中ペットボトルの水を飲むわ
3楽章アダージョ、ちょうどパウゼが入ったところで
LBあたりから携帯の着メロが鳴り響き高関が演奏を止めるわで
何度も集中を切りそうになったが、好演を受け止めた。

対向配置で中央から上手にまとめられた金管陣の巧さ、
以前の日フィルなら望むべくもなかったものだ。
ノヴァーク2稿の演奏に慣れ親しむ自分には
どこに高関の研究成果があるのかほとんどわからなかったが、
意外なバランスや歌わせ方、長い息遣いなど
これまで知る彼の音楽よりも一次元上を行き
言いたいことがよくわかる演奏だったと思う。
曲の終わりの緊迫感では84年マタチッチ=N響さえ思い起こさせ、
安易にブラヴォーを叫ぶ気力もない位、静かに圧倒された。

彼の演奏に、これから20年付き合えると
きっと自分も悪くない聴衆人生になるかもしれない。
そんな高関の演奏会で、次の注目は「戦争レクイエム」。
  1. 2010/11/13(土) 17:21:00|
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何を演っても

B-S.jpg

その人の音になる、というのは音楽家として紛れもない個性の証左。

【東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第243回定期演奏会】
《創立35周年記念 ベートーヴェン交響曲全曲シリーズ第3回》
11月11日(木)19:00 東京オペラシティ・コンサートH 
指揮―飯守泰次郎
●ベートーヴェン…序曲《レオノーレ》第3番/交響曲第1番/3番《英雄》(マルケヴィチ版) 
1F21-26

思いもかけず招待券をいただき初台へ。もちろん大名曲ばかり。
どの曲ももちろん知らないわけではないけれど、
ベートーヴェンでもいまいち苦手なプログラムではある^^;。
自分は序曲は「フィデリオ」の方が好きだし、交響曲なら2・4・7を好む。
ピリオドアプローチにずいぶん耳が馴染んできたいま
「マルケヴィチ版」なるものにもおよそ興味津々とは言えず。
軽い気持ちで出かけた。

《レオノーレ》3番も1番も、飯守泰次郎のやることなので、
合奏精度をギチギチに引き締めるわけでもないし、
どれもさほど聞きこんでいない自分には版の違いも何も分からない。
あるのは泰然と流れる飯守の音楽。
「英雄」の2楽章から何かの触媒で火が点いたように
俄然音楽が熱を帯びるのを見たのは、やはり実演に立ち会うことの妙。
飯守=シティはそのまま曲の終わりまで押し切った。

シティに行くといつも楽しみにしているのは、1stVnの3プルトのお二人。
熱演でした(^^♪。
終演後、新宿で軽く…のつもりが、とんでもないことに…。
楽しくいただきました(^^)。
  1. 2010/11/12(金) 14:40:00|
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演奏と自分の地平

NJP420.jpg

インゴ・メッツマッハー。
拙宅には93年N響客演時のVHSテープがある。
特別面白い指揮者という印象はなかったけれど、
その後中堅実力派として名を挙げたのは知っていた。
彼の著書「新しい音を恐れるな」もたまたま読んでいたので
新日とどんな「悲劇的」になるか、楽しみに久々のすみだ。

【新日本フィルハーモニー交響楽団第470回定期演奏会】
11月6日(土)14:00 すみだトリフォニーH
指揮―インゴ・メッツマッハー
●マーラー…交響曲第6番《悲劇的》
3FRB-41

対向配置で指揮棒なし。
いまどき驚くことでもないのだが。
勝手に作り上げた彼のイメージと違ってわずかに驚く。
気持ち早め、塊が顕わな響きで始まった音楽そのものも、
神経質に整えた音楽ではなく
「現代を主なレパートリーとする指揮者の音楽」
という先入観を軽く裏切るもの。
豪壮ながら、文学性をあっけないくらい排除した音楽を作る。
しかしながら、普段アルミンクと精妙な世界を作る新日も、
いざ箱庭を脱しメッツマッヒャーが要求する
剛く大きい音を作ろうとするとTbとTubを除きいくつか疵が露呈。
メッツマッハーが普段接しているオケは、
剛く大きく、なおかつより美しい音を作れるのだろう。
新日も、より高い目標が見つかった。

M・ヴィニャルの極めて私小説的な終楽章分析で
この曲の運びを把握するようになった自分は、かつて
実演に接した大学3年のある晩、やや精神不安定になったりした。
しかしこの日、ずっしりとした重みと安定を感じつつ
すみだを後にしたのは、あながち齢を重ねたからでもなかろう。
そのころとは違う地平に、この演奏も自分もいるのかもしれない。
  1. 2010/11/06(土) 23:55:00|
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