YosibeiのB席

世の中には著名団体の来日公演でS席しか行かない、という方もいるでしょう。でもワタシは、今日も当たりを求めてごく普通の定期に向かいます。なお、コメント/トラックバックを可能にしました。

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さあ、眠ろうよ

 
レクイエム(鎮魂曲)の名作といえば
モーツァルト・ヴェルディがまず挙がるのだろうけれど、
どちらもあまり好まない変わり者のワタシは
ブラームス「ドイツ・レクイエム」に
フォーレとデュリュフレの「レクイエム」、
それにブリテン「戦争レクイエム」を好んで聴く。

3月17日、ブリテン「戦争レクイエム」の実演は
05年8月7日のマイナルドゥス=東フィル以来。
デュリュフレの時(10月25日)にも書いたように
こういう曲の実演がコンスタントに聴けるのは、
本当にありがたい。
神奈川県民ホール自主事業のこのコンサート、
指揮の現田茂夫も、神奈川フィルもホールもワタシは初めて。
残響はあまりなく、大編成オケと室内アンサンブルに
混声合唱と児童合唱が、幅広な舞台いっぱいに載る。
舞台上方には、演出映像と訳詩のためのスクリーン。

第1曲「レクイエム・エテルナム」。
合唱による典礼文に続き、望月哲也(t)が
癖のない美しい声と聴き取りやすいディクションで
" What passing-bells for these who die as cattle? "
と室内アンサンブルの伴奏で歌う。
オーウェンの詩を通じ、ブリテンが描く
「昇華された戦争の現実」に誘われる。

第2曲「ディエス・イレ」での合唱のfffは
後方から回り込むことなく、抜けていってしまう。
多目的ホールは、所詮、こんなもんなんで仕方ないんだけども。
青戸知(br)の英語にはわずかに違和感があったが、
" Bugles sang "以下、行き届いた美しい歌唱。
大倉由紀枝(s)の姿が見えず、どこだろうと思っていたら
左手上方の照明室から、力のある声が、
" Liber scriptus proferetur "
とあまり響かない会場を突き刺してきて、ビックリ。
アンサンブル上もやりにくい位置だったろうに、
微塵も破綻を見せないところ、大倉はさすが。
第5曲「アニュス・デイ」でも
望月のわざとらしいところのない、ひそやかな語りが美しい。

不気味なドラムロールで始まる終曲「リベラ・メ」に入ると、
スクリーンには、ランドマークタワーの夜景空撮が映し出された。
繁栄と、戦争による破壊を暗示するメッセージなのだろうが、
これはさすがに興ざめだ。
ここまで映像が、それなりに音楽にマッチしていただけに残念。
オケと合唱が烈しい怒りの日を顕した後の、
男声二人の「奇妙な出会い」。
現田は非常に早いテンポ。でも、その寂寥が薄まったわけではない。
第一次世界大戦の戦場で、相対した二人の兵士が事切れる。
曲の大詰め、" Let us sleep now "と青戸が歌いだすと、
やっぱり涙が滲んだ。
「さあ、眠ろうよ」という訳はいい。
この曲の実演に接するのは4回目だけれど、
涙腺をドライにしておくのは、ワタシにはやっぱり難しい。

終演後外に出ると、風は冷たくても
世間はまだまだ穏やかな日差しの休日の午後。
元町でパンを買って帰る、小市民の幸せ。
「昇華された戦争の現実」との、あまりと言えばあまりの隔絶。
  1. 2007/03/19(月) 21:34:00|
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